26:花盗 人


「こんばんは」は、言えるかしら?

「おやすみなさい」は……うん、どうにか。

「おはよう」……これはちょっと無理かしらね……


直接逢えることが嬉しい。

でも電話でも嬉しい。




ほんとはそんなことを喜んでいる場合ではないのだけれど、それでも、あなたの声を聴けるだけで、なんだかとても嬉しい。






『みちる……みちる、ねちゃった?』

大きな声で呼ばれているわけではない。

でも、私に優しく呼びかけてくる声が私の胸の中に、直接聞こえて……くる。

空耳かと思ったけれど、でも、窓を開けたら……やっぱり……いた。


『こんばんは。えっと……上がってくる?』

『ううん。すぐに帰るから』

『なにかあったの?』

今の時刻は夜の10時だ。

普通に考えて、こんな時間にこんな所にいるのは、ちょっとおかしい。

『そうじゃないんだけど、近くまで来たから……』

でも、お互いの家と家との距離は決して近くはない。

けど、はるかが言ってくれた言葉が嘘でも本当でも、私はとても嬉しかった。

なのに、どうやってこの気持を伝えたらいいのかが分らなかった。

伝えられないことがとてもとてももどかしかった。



『ちょっとそこで待ってて』

『え………?』

そう言った私に、はるかは首を傾げたけれど、私はそのまま窓を閉めた。

『こう言うときいつも思うのだけれど、うちの廊下って長くていや……』

静かなのはいい。

いや、いっそ静かすぎて少し気持が悪い位だけれど(家族はみんなそれぞれの部屋にいるので)それでも、こうして玄関を出る

までの間に、誰にも知られずに済むこの家の静けさは今の私には有り難い。 




「お待たせ」

「わ〜っと……大丈夫? こんな時間に外に出てたりしたら怒られちゃうよ?」

うちがとてもうるさい家だということはよく知っているので、いつもいつでもこんな風にはるかに心配をされてしまう私だった。

うちの「心配」は、はるかの家のそれとは違うと思うんだけどな……

「ほんとに平気よ?だって誰も気が付いていないと思うから」

「ほんとかなぁ」

そう言って微笑みながら、私の髪を優しく撫でる。

ばれてはいないと言っても、見つかったらやっぱりうるさいかな、と思うので、小さな声でしか話せない。

だけど私は、電話ではなくこうしてなんでもない時に二人で一緒に過ごせる時間をとても幸せだと感じている……


              







「みちるさん、それとはるかさんも、いつまでそこで立ち話をしているつもりなんですか?」

「お、おばぁさま〜いつからいらしてたんです?」

ある意味一番安全で(みちる比)ある意味一番……ややこしい人かもしれない……

この場合のおばあさまって……

「今よ。外に誰か人が来ている気がしたんですが……私が来てはなにか不都合でもありましたか?」

「いえ」

すると、ちょっと困ってしまった私の肩をはるかが軽く叩く。

大丈夫だから、と優しく叩く。

「今日は兄とこちらに来る用事があったので立ち寄ったんですが……

 すみません、こんな時間にみちるさんのことを、呼び出してしまったりして」

「そうですか……じゃぁ今度は、二人で昼間にでも私の所へ遊びにいらっしゃいね」

「はい。本当にごめんなさい」

こんな時は(いつものことなのだけれど)はるかの方が……おばぁさまのお相手は上手……みたいね……

でも、そうじゃなかったら多分きっと、もっとこじれるのだろうな……うちの場合は……

「それからついでに言っておきましょうか。私のみちるさんを、勝手に連れて行くのだけは許しませんから」

「はい」

「お、おばぁさま、なんてことおっしゃるんですかぁ!」

しかも二人が揃って笑顔なのがちょっぴり怖いわ……

「私は、一応のことを言ったまでです。それから、あまり長い時間そんな所にいたら風邪を引きますからね」

そう言って家の中へと戻るおばぁさまに会釈をしながらも、家の中に姿が消えた途端に、大きな溜息をついたはるかだった。


「ねぇ、今のお話は本当なの?」

「え?連れて行く時には一言声掛けてけって話?」

「そ、そうじゃなくって」

それはなんだか大分……恥ずかしいからいやだわ。

そこまで私、子供じゃないと……思いたいし……

「あぁかなたの話?」

「そう、そちらのこと」

「半分くらいはほんとだよ」

半分???

「かなたが逗子まで来るって言うから便乗してきたんだ」

「じゃぁ、今もどこかにいらっしゃるの?」

「いやここにはいないよ……ほら、うちの別荘みたいなもんが葉山にあるでしょう?そっちにいるよ、かなは」

成程、確かにそれならここ(鎌倉)へ来るのには、はるかの家(品川)からよりずっとずっと近いわね。

「でも、こんな時間にきたの?」

「いやだから……家に帰ったらかなたがいなくってさ、聞いたらこっちだって言うから、じゃぁって……

 別に一人でこれない距離でも普通に考えたってないでしょう?」

「それは……まぁそうね。じゃぁ今夜は二人でお泊まり?」

「そう……かなぁ……かなたは友達とかと遊びに来てるからばらばらは、ばらばらかな?」

それでも、家にいるよりは干渉するものの少ないこちらの方がまし……ということなのかしら?

「あぁでもそうだよね。もっと早い時間だったら良かったのになぁ」

「え?」

「そしたら、みちるのことを海まで連れて行けるのにね。こんな時間じゃどうにもならないや……よし!今度みちるも呼ぶね。タイ

 ミングさえあえば、かなたがヨットをだしてくれると思うし、あすこも海まですぐだよ」

「えぇ。楽しみにしてるわね」


子供であることはとても不自由。

けれども例え子供で無くなったとしても、

私達には自分たちの思うように、自分たちの都合で動くことが許されていない。



先の事は、分らない。

今はただ、目の前のことをやりこなすことで手一杯……



でもせめて、なにかの理由を付けなくても、

自由にあなたと逢うことが出来る日が来て欲しい、そう願うことくらいは許して欲しい……





「あ〜〜〜〜〜〜っ!」

と、私がちょっと考え事をしていたら、はるかがそう叫びつつ(でも、そんなに大きな声では勿論ないのだけれど)ぽんぽん、と私

の肩を叩いた。

「な、なに?」

「そうか、みちる連れ出したかったら真都里様に言えばいいんだね?成程成程。今度からそうするね」

にこり

な、なんなの????

「真都里様なんだろうなぁ〜とは思っていたんだけど、ご本人からは聞いてなかったから……

  うん、ちょっと安心した」

「そ、そう……じゃなくって〜」

「大丈夫。悪いようにはしませんから」

そう言って私の掌をぎゅっと包む。

でもその手がとても冷たくて……

「わ〜もうなんだかサービスよすぎです」

思わず抱き付いてしまった私に、はるかがそう叫んだ。(でも、やっぱり小声で。)

そうしてそぉっと私を引き離したはるかだったけれど、そんな時でも優しいあなたが……やっぱり私はとても好きなのだと思う。

「ほんとに連れて帰りたくなっちゃうでしょう?」

「えぇ?!」

「だから、そろそろ帰るね……またね……」

「うん……また……」






時々こちらを振り返りながらも去っていくはるかの姿が見えなくなったあとも、私はしばらくの間、はるかが歩いていった道を見つ

めていた。




いつかきっと、私を本当に連れて行って欲しい……そんなかなわぬ夢を願いながら……






お し ま い






はい、今回の分もちょっと珍しいバージョンです。

元々、このテーマは「はるかとみちる」で、とのリクがあったものなのですが、これに関しては多分言われないでもそうでした。

「花盗人」、語源は狂言にあるそうですが、その内容は文章のまんまのようですね(^^);
ただ、多分この場合の花は、そのままの意味の「枝の花」ではなく「女性」を指すのだと思い、こんな感じに。

とは言っても、現在バージョンではすっかり盗んじゃったあとですんで(笑)あまり意味が無いので、これはその前、ということで、
中学生バージョンです。
オンラインでは、触ることがをど殆ど考えていない時代ですし、オフラインでも、元々そんなには多くなかったのですが、現在の在
庫の中でも、この辺りに近い部分が入っている物は「かれん」「きれい」(「いのり」は高校生なので、家は出てしまっているからち
ょっと違ってしまう。)「恋する姫君のLoveSong」この位なんですよね。
意外と貴重だなぁ;中学生って我ながら。

ただ、読めば分るかな?とは思うんですが、今とはどちらも性格が違う。
環境も違う。
最初から今みたいな雰囲気だったわけではなくて、時間の経過で今なので当然、最初の二人の関係は今みなさんが目にして
いる現在バージョンよりもっとずっとぎこちがない。

今回のあたりは中学生なので、つまりはうさぎちゃんたちとはまだ逢っていなくって、でもアニメじゃないから(うちの設定は)タリ
スマン探しなんかはしていないけど、覚醒してそれなりに裏で動き出していた時期。

二人とも中学生なので、まだ実家にいて、だから結構な距離が家と家の間にはあったので(品川〜鎌倉)、普通に逢おうと思う
とそこそこ気合いがいるんだよ、とかそんな感じ。
(注:ただし、元々微妙にはるか母とみちる祖母が知り合いだったので、「どこの誰だか知らない人と付き合わせるわけにはいっ
か〜ん(別に男女じゃないが;)とかいうことはなかった。)

そうしてなにより性格が違う時代;
今それを説明できる本(「天満の潮音」「ささやき」あたり)がなくなってしまってあれなんですが、うちのみちるが今の性格になっ
たのは、これよりもっとあとの話。
うちのみちるは、完全に過去の記憶を取り戻したのが、いわゆる3部の後、ということになっているので、それまではどちらかとい
えば「使命第一……にしなくちゃだめわよね?」タイプ;
それゆえに結構気持が寸止めになる感じで、元々超箱入りさんなので、真面目な上にむしろ恋愛に関しては否積極的?かもし
れないタイプです。
でもはるかは、それとはむしろ逆で、なんでも知ってしまっているから、そういう意味では積極的……というのは嘘;
確かに、今とは違って、みちるよりずっと動く感じだけれど、なんというか、それはこう……否定行動の裏返し、といいますか;(ど
っかこの辺もかなたと似ているのかもしれないが、あれほどややこしくない、と言えば無い。)とにかく、自分がみちるを好きなこ
とは分かり切っていて(恋愛感情として)でも、肯定も出来ないので、とりあえず、せめて良いお友だちなりでいたいなぁ、とかい
う感じだったのかなぁ……ちょっと一言では説明が出来ませんが。
ただ、ほんとに今より押えないとなぁ、な反動でかえって明るい感じでは、あるかもしれない(VV)難しい感情の流れって奴です
ね。

ただ、諸々問題の多い時期なので、確かにお互いの逃げ場はお互いにしか見出せなかった時代でした。


と、そんなわけで書いていても明るいことの少ない時代なので、あまりかくことをしないのですが、書けば、こんな時代の二人は
どこか今とは違って可愛らしいのが結構嫌いではありません。
今のように便利な時代ではなかったので、電話と言えば家の電話しかないし(携帯なんかないんだよ〜;)、子供だから、車でち
ょちょいと会いにいけない。(はるかに限っては多少あれなんだが;;)
でも、電車で会いに行くお話とか、電車でお出掛けしているお話とか、そういうのは書いていて結構可愛いと思うことがある。
大人になるとなかなか経験出来ない不自由さが、でも、結構あとになると愛おしくも思える時代ですからね、中高生時代って。

そう、真夜中の電話とか、バイバイ、って言いながらなかなか歩き出せないような時とか、電車に並んで座ったりそこでお話した
り、そういうことが友達だろうと彼氏・彼女だろうと、すごく素敵に思えるのが10代の醍醐味のような気がします。(もっとも、大人
になっても好きな人とは(が、どうも同性には前程感じなくなったんだよな;私としては)そうだと思いますが。)

色々あるけど、小さい頃(小さいだろうか?;中学生って)に出会えたからこそのこんなシーン、でもだからこそ(?)こんな場面の
一度や二度はこの二人にだってあったはずだよ、ということで今回のスペシャルゲストは、むしろ奪われちゃった(おい;)真都里
様でした。

ご本人、書いたのって実はすんご〜〜〜〜く久し振りです。オンラインでは勿論、初めてですね(^^);
みちるには、もうどう考えても似てないかっこいい祖母です。はい。



PS:
これを描きつつ長月、大変苦悩しておりました;
「はるかが若くならないよ〜(T▽T)」
「髪型も今とは違うので変な感じだよ〜」
「みちるの顔が直したいよ〜でも、老けこんだ以外は、はるかの顔、気に入っているんだよ〜(><)」
「あぁこんなのみちるちゃんちゃう、はるかちゃう〜てか、自分が間違ってんのか〜(爆)」

昔に戻るのは私も一苦労です;(^^);;;



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